富士山を仰ぎ見る地で江戸末期創業
釣船橋のたもとにある船宿「冨士見」に掲げられた「富士見橋之景」は『木場名所図会』の中の一枚。この絵には大島川(現大横川)の富士見橋(現平野橋)のたもとに「ふじ見」、「はまや」と記された2軒の船宿が描かれている。江戸時代末期創業の「冨士見」を物語る貴重な一枚だ。古石場に移転したのは埋立てが進んだ明治15~20年、二代目の時代。釣船橋は私財を投じて架橋したと伝わる。
現在は五代目石嶋一男さん(82)、六代目広士さん(44)親子が深川を代表する船宿を引き継いでいる。「昭和35年頃まで東京ハゼ釣選手権大会ってのがあって、23区から選抜された釣り名人500人ほどが臨海小学校の校庭に集合した。開会式には宮様もおいでになるほどの大会でね、船宿の看板を掲げて漁場に行くから船頭同士の競い合いでもあったね。オレが25歳の頃、3年連続船頭賞をとったのが自慢だよ」と一男さん。今の「ららぽーと豊洲」先は干潟が続いていたので貝類もよく獲れたともいう。
大学卒業後に家業を継いだ広士さんの最大の業績は、国内最大級最新鋭設備を誇る屋形船の造船だ。船名は屋号「冨士見」から北斎の浮世絵をヒントに「北斎」と名付けた。船内の随所に装飾されている富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」などを模した浮世絵が江戸情緒を盛り上げる。120名まで乗船可能で会議や記念行事、結婚パーティなどにも人気上々だ。
「常連さんたちにも今まで以上に楽しんでいただき、若い世代にも釣りや屋形船の楽しさをいろいろな形で伝えて行きたい」とは広士さん。若女将の綾子さんとの二人三脚で冨士見七代目を育てていくに違いない。
◎船宿『深川 冨士見』 江東区古石場2-18-5 【URL】https://www.f-fujimi.co.jp/
※この記事はタウン誌「深川」252号に掲載したものです。